【ひきこもり脱却チャレンジ】工場労働体験記『九人の派遣』【働いてみる】

働いてみる

『九人の派遣』

『九人の派遣』は、ひきこもりの私が、工場で派遣社員として働いたときのことをもとにして書いた、短編私小説です。かなり力を入れて書いたので、ちょっと長いかもしれませんが、読んでいただけたらとても嬉しいです。

本の帯

これは「企業に忠義を尽くし、正社員として働く」という現代の封建制度からはじき出された、9人の野武士の話。

連日の猛暑を記録したある夏、派遣社員9名が、とある自動車工場へ招集された。そのうちの一人がひきこもり男だった。パワハラ、暴力事件、ホモ同僚、チンピラ先輩、年下の正社員様、工場の一区画を支配する組長。労働初体験のひきこもりに全てが襲い掛かる。派遣社員の悲哀を背負い、賃金のために苦渋を飲む、彼が見た人間の物語とは。

*プライバシー上の理由から登場人物、登場団体、地名などはもちろんすべて仮名です。

序章

工場の紹介

ある任務に携わるため、身分も出自も異なる9人が各地から集うことになった。場所は、G自動車>浜松工場>第二地区>CH-Block区画。浜松工場はエンジンを製造しているプラントだ。

「CH」とは、G自動車が製造している全車種の中の一つのカテゴリー名で、「Block」とは、エンジンのある部位を指す。つまり、その区画で製造しているものがそのまま「CH-Block」という区画名になっているということだ。

CH-BlockでもともとAGV(自動制御運搬車)が担っていた製造物の運搬業務の代わりを務めるため、9人は派遣された。AGVは互いに連携を取って安全重視でゆっくり動くが、生産性の上限が決まっている。そこで、その代わりに人力で運搬を行うことによって、生産性を一時的に引き上げることができないか実験するのが、今回の派遣業務の目的だったらしい。結論から言うと、この実験は早々に失敗に終わり、9人は完全に運搬業務から外され、その他の雑用をひたすら行うことになる。ようはAGVに負けて仕事を取られたのだ。

CH-Blockは加工区画なので、いわゆるライン式の製造ではない。産業用ロボットが実際の製造物(20㎏ほど)の加工を行う。ネジ穴を開けたり、熱処理したり、化学処理したり、洗浄したり。その工程間には少し距離があるので、その運搬をAGVが担っていた。人間が行うことは「ロボットの整備と調整」、「製造された物が規格を満たしているかの検査」が主である。余談だが、自分は後にライン式の組み立て区画(CH-Assembly)にも、一時的に行くことになる。

CH-Blockは設備やAGVの性能を見る限り、比較的新しく作られた区画みたいだった。広さは40m×80mほど。ロボットの動きは激しいので、放出する熱量も高いらしく区画内は暑くなる。特に夏は場所によっては40度を上回る。そうなると、33, 34度あたりがとても涼しく感じる。その中でヘルメットを常時着用していなければならないことも、不快感に拍車をかける。通称”ドデカファン”というバカでかい扇風機がいくつか設置されているため、風通しが良いことが唯一の救いだ。

暑さに加えて、ロボットのバカでかい作業音が絶えず放出される上、さらにその中にロボットの異常や定期部品交換を知らせる警報音が多重に鳴り響いているので、すぐ隣で話をしていても聞き取れないくらいに区画内はうるさい。

CH-Blockにもともといた社員(正社員と期間工)さんたちは、合計でおよそ20名。彼らがABC班の3班にわかれて、この区画を24時間ひたすら回し続ける。だから、派遣の自分たちが一斉に出勤すると、社員の人たち(6-7人)より多いので、今思えばかなり騒がしい存在だったはずだ。「今思えば」というのは、区画には別部署の色々な人が立ち寄り出入りしているため、入った当初は誰がこの区画に所属しているのかわからなかったからだ。

派遣社員として働くということ

派遣社員として働くとはどういうことか。派遣社員とは端的に言えば、部外者であり、使い捨ての駒であり、社員と対等の存在ではない。特にこの区画は男だけの社会。

  1. 正社員
  2. 期間工
  3. 派遣社員(自分たち)

という権力ピラミッドで成り立つ猿山だ。小賢しい猿どもがここぞとばかりに下のやつを見つけて斬りつけてくる。だからこそ、9人が一丸となって彼らに立ち向かわなければならない。


9人が派遣されていた全期間を前後に分けると、前期は派遣9人が班に分かれず同時に出勤していた時期。そのあと一時的に2班に分かれて勤務し、後期は最終的にABCの3班(3人辞めたので2人×3班)に分かれて昼夜交互に出勤した時期。


前期

前期はほとんど派遣9人の中で物語は進行する。

この区画のボスの紹介

狹川(さがわ)さん(48)

9人が配属されたCH-Blockを「工長」として統括する責任者がこの男。

初日の研修の後、この区画に配属され彼の傘下に入ることになり、指示を受けた。背は高く体格もよく、目が据わっていて、猛禽類のような捕食者を思い起こさせる風貌。第一印象はシンプルに「怖い」、多分会った誰もがそう言うと思う。工場労働者にはちょっとやんちゃな連中もいるので、そういう人たちにわかりやすく上下関係を植え付けるのに役立つ見た目である。

彼の人心掌握術は”古き良きタイプのツンデレ法”だ。公的な空間と私的な空間をきっちりと使い分けて人に接する。皆の前ではボスとして厳格に振舞うが、1対1のような私的な空間では笑顔を見せてくれる。それによって、意識的に親密さを演出している。
実際に俺にも1対1の時には、「もう工場には慣れたか」とか「そんな汗だくになるほど掃除しなくてもいいぞ」と、はにかんだ笑顔で声をかけてくれた。ただ、その顔がまたぎこちないのだ。

派遣の9人は、狹川さんから「○○さん」とさん付けで呼ばれる。もちろん狹川さん→派遣以外の社員は呼び捨ての関係だ。実質的には最下層の下っ端なのに、部外者だからこそ”さん付け”で呼ばれるのは皮肉だ。そのさん付けがより一層の部外者感を出すのだ。

彼は最高責任者ゆえにこの区画で唯一、特定の班に所属していないため、基本的には昼勤で必要がある場合のみ夜勤。9人が班に分かれてからは、俺が昼勤の時に何故か狹川さんが例外的に夜勤になったりで勤務時間が合わず、会うことはほとんどなかった。

九人の派遣ザムライの紹介(年齢順)

田中(たなか)(??)

tanakaxdこと俺。便宜上、最初に紹介しておきます。

田中さんor田中くんと呼ばれたが、葛西さん(下で紹介する問題児)には「たつ」と呼ばれる。工長の狹川さんには塾でアルバイトをしていたことがあると伝えたら、「先生」と呼ばれたことがある。

八月いっぱいの契約満了まで約二か月半、辞めずに働くことが目標。

御代(みよ)さん(49)

自分と同じ日に入った人。最初の日、俺は御代さんと二人で研修を受けた。もともとは工場内で資材を運搬している業者の社員で、フォークリフトを使った仕事をしていたらしい。今回は何故かこの仕事に派遣されるかたちになったみたい。

一言でいえば真面目。言われたことは必死にきっちりとこなそうとする。ただ要領がいいとは言えない。マイペースで自分からは言葉を発さない。もっと悪く言えば、下っ端根性が染みついていてリーダーシップの欠片もない…となってしまう。仕事の話だろうが談笑だろうが、ずっと無言で聞いているだけ。でもちゃんと輪に入っていたし、入りたがっていたのを俺は知っている。

そんな御代さんだが、後期に入り9人が三班に分かれて別の班に配属されてからも、行きと帰りのロッカールームでよく遭遇した。最初はちょっと堅苦しかったけど、最終的には「おつかれおつかれ~」みたいな鼻歌交じりで挨拶をしてくれた。会う度に、今日仕事でこんなことがあったよ、みたいな話をしてくれた。色々やらかしてしまった話を苦笑いしながら。製造しているエンジン部位(職場では「ワーク」と呼ばれる)を地面に落下させてしまった話。掃除中に非常停止ボタンを誤って押してしまい、ロボットの動作を1時間半も止めてしまった話。何かやらかしてしまったらしく、「もう何もしなくていいから」と言われてしまった話。工長の狹川さんの言葉を借りれば、「頑張ってくれるのはいいんだけど、気を付けてやってほしい」である。

言うまでもないが、50近くになって、20,30の”社員さん”たちに仕事を”教えていただく”ためにへこへこしなければならないのは大変だ。この年でこの仕事をしている時点で、自業自得だと言う人もいるだろうし、無能なのが悪いと言う人もいるだろう。それを否定するつもりはない。が、ただ一つ言えること、御代さんはかっこよかった。彼の柔和な言葉や表情の中に「何があろうと絶対に辞められない」という意志を強く感じた。俺はそれに感化された。

直接確かめたことはないが、結婚しているみたいだった。子供もいるのかもしれない。

最後あたりに会った時、「田中ちゃん」と口を滑らせて訂正していたけど、頭の中では俺のことをそう呼んでいたのかもしれない。

葛西(かさい)さん(48)

問題児。同時に、俺にとっては最も興味深い人だった。後に暴力沙汰を起こして、退職することになる。

同僚は例外なく彼のことを嫌っていた。葛西さん自身嫌われていることを知っていた。「誰」に「どの程度」嫌われているのかさえ、彼自身まぁまぁ正確に把握していた。

俺は彼の過去を想像せざるを得なかった。何が今の彼を作り上げたのか。幼少期の彼を想像した。そういう心理的な理由もあるし、「仲よくなっておいた方が都合がいい」という政治的な理由もあるしで、俺は彼に近づいた。ある人から、「田中くんだけは(自分たちと違って)葛西さんと仲がいいよね」と言われたことがあるが、「俺はスパイですよ(だからあなたたちの味方ですよ)」と答えておいた。あながち嘘でもない。俺は他の人が知りえない彼についての極秘情報を入手できる程度には、彼と良好な関係を築けた。だがそのせいで、葛西さんとその他大勢の間に立って、調停者/伝達役としての役割を求められるのがちょっとだるかった。いわゆる中間管理職特有の板挟みの憂鬱的なアレか。

彼のことを何から説明すればいいだろう。自称「口が悪い」人であり、実際にも口が悪い人である。思ったことは言わずにはいられない、たとえ人を傷つけようとも。同僚はみんな何かしら嫌なことを言われている。俺もそうだ。少しでもミスをするとここぞとばかりに責め立てる。

「イヌやネコじゃあるまいし、一回言われたら理解しろや」

「そんなこともできねえのか」

「お前は死んだほうがいいな」

大体こんな感じ。もちろん彼自身もミスするのだが、その時は「これは悪い例な」といってバレバレの誤魔化しをする。

基本的には人間関係を縦の関係でしか見られず、上に媚びへつらい、下に威張り散らす、模範的なクソ上司タイプの人間か。彼自身、「俺を懐柔出来たらどんな上司ともやってけるぞ」と言っていた。あなた上司じゃないですけどね。彼の頭の中には「自分が工長さんから”派遣社員を統率するリーダー”を任された」というストーリーが出来上がっていた。根底には、意識の低い無能な派遣社員と同列に扱われることへの屈辱が見て取れた。そのストーリーが謎の使命感を生み出し、彼の威張り散らしは加速していく。仕事は他の人間にやらせて、彼はあくまでもそれを監督する。皮肉なのは、派遣社員9人の中に肩書上の上下関係なんて存在せず、給料も変わらないということだが。

ある意味わかりやすい人だった。彼が何を求めているのか、何を恐れているのか、手に取るように分かった。俺は彼の自尊心を満たすために、いかにも年下らしく、ことさら無邪気に振舞った。言ってみれば、男に媚を売るのがうまい”かわいい”女の子のああいう振る舞いか。そういう振る舞いは、不意の”無垢な質問”を正当化するための布石でもある。本音を聞き出す右ストレート、探りを入れるためのジャブ、そのための予備動作だ。

意外な面、という意味では、かなり几帳面であること。例えば、テープの張り方や紐の縛り方、物の並べ方だのにすごくこだわる。「たつ、お前は一応仕事はできてんだけど、雑なんだよ」とよく言われた。大抵は笑って聞き流していたけど、参考になることもあった。字もその几帳面さを表し、達筆だった。時間にもとても几帳面で、バカみたいな量のアラームを作って、一日のスケジュールを管理していた。曰く「休憩時間まで仕事を伸ばす奴は無能」らしい。土木工事の現場は時間がきっちりしていないから嫌で、工場の方がいいらしい。

それと結構頭の切れる人だったと思う。確かにアカデミックな素養はないかもしれないが、工長の狹川さんからの指示はぱっと理解していたし、論理的にちゃんと説明すれば、結構意見を受け入れてくれる。本人は「自分には学がない」と言って、高卒であることにちょっと劣等感を抱いていたみたいだったが、工業高校で習ったことや過去の仕事で得た知識をちゃんと実用的にものにしていたし、教えてくれたこともあった。

暴力事件騒動の後、彼は音もなく消えてしまった。だが最後に見た彼の顔、寂しそうな横顔が俺の記憶の中から消えない。別れの挨拶ぐらいしてけよ、葛西さん。

今頃は、またどこか別の職場で暴れているのかもしれない。

厚田(あつだ)さん(39)

ある人の言葉を借りれば、「9人の中で最もトゲがない」人。

最も包容力があり、誰とでも無難に接することができる。多分9人中、女の子に一番モテると思う。10歳年下の彼女がいると言っていた。葛西さんの苛烈なやり方に反対して(裏でだけど)、ミスした人を慰めていた。「わざとやってるわけじゃなんだから、ミスしたことを強く責めても仕方ない」と。

ただ、他人にも甘ければ、自分自身にもちょっと甘いタイプかもしれない。仕事は結構おおざっぱ。葛西さんに言わせれば、「あいつ(厚田さん)はバカ」である。俺も話してて、話が通じなくて困ったことが何度かあったし、それは否定できないかも。そういう意味では、「仕事のできないやつを突き放すが、仕事への意識は高い」男である葛西さんとは、対極の存在だ。

厚田さんは今の工場での契約を更新した。第三地区と呼ばれる、特に悪い環境で有名な場所で働くことになった。派遣社員だから、当然将来性は職能上も契約上も等しく皆無だ。

工場労働者は、緻密さやとにかくミスをしない正確性が要求されるので、正直厚田さんには向いていないと思った。厚田さんの長所を生かせる場所が他にあるんじゃないかなぁ。厚田さん包容力を活かした小規模なお店、例えば飲み屋とかバーとか?を開けたらいいのになぁと思った。それが無理なら、せめて何らかの接客業。

そう思って、この仕事の後どうするのか3回ほど形を変えて聞いてみたけど、まったく同じように返された。それぞれの微妙なニュアンスの違いは汲み取ってくれなかった。「今彼女と同棲している寮から引っ越すのが面倒だから」、寮を”無償”提供してくれている今の派遣会社との契約を切りたくないらしい。他にも理由はないのか聞いたけど、ただそれだけらしい。

余計なお世話だったかもしれない。

板口(いたぐち)さん(37)

とにかく語る男。37歳トリオ(板口さん+下の2名)のリーダー的存在。さぼり癖あり。明るくて、ちょっと抜けてて、挙動が大げさで子供っぽいかわいさがある。メタボ気味おじさんだけどね。

鹿児島県出身だけに、九州男児的なところがあるのか知らないけど、結構男らしいところもある。
入って早々、葛西さんとさしで飲んだらしい。感想は「やばかった」とのこと。でも「歴代の上司はみんなそんな感じの人だったから慣れてる」とも言っていた。

言いたいことは割というタイプ。でも、過去にそれで問題を起こした経験から反省していたり。多分面と向かって葛西さんに食いついたのは板口さんだけ。葛西さんが増長しだして、俺だけじゃ制御できなくなってきたときに、この男の存在が本当に救いだった。

幼少期サッカーに情熱を注ぐ。まだJリーグが創設される前、父親のコネクションで、当時企業のチームだったマリノスの前身に所属していたらしい。マリノスのジュニアユースチームで中村俊輔の後輩だったとかで、今でもたまに誘われて飲みに行くと言っていた。「俊輔さんは付き合う人をかなり選ぶタイプ」みたいで、「じゃあ板口さん気に入られてるんですね」と言ったら、ガハハと笑いながら、「まぁそういうことになるね」と言っていた。

中学はブラジルにサッカー留学したらしい。向こうの日本人学校に通っていたんだけど、授業内容は日本の中学とは違ったとかなんとかで、高校で日本に帰ってくるときロクな高校に行けなかったとか。高校生の時、駒野(元日本代表の)につぶされてサッカー人生を諦めたらしく、その時の古傷がいまだに痛むらしい。さぼり癖はそのせいもあるかも。まぁでも、悪気はなくても勢いで嘘を言ってしまいそうな感じの人なので、真相は定かではない。

いずれにしてもサッカーの道に挫折し、半ば自暴自棄のまま、高校卒業後は自衛隊へ入隊。結婚もしたが今は独身らしい。休み時間にアイドルのtwitterだかを見てた。「彼女なんていたらこんなの見るわけないよ」と。

ちなみに、任期満了前に去ってしまった3人のうちの一人。辞める前、成田空港での仕事が決まっていると言っていた。

相川(あいかわ)さん(37)

「私ホモなの~」と、会って早々言われた。お姉系。

仕事中も昼飯中も、いろんな男を見つけては、イケメンだのなんだの一人ではしゃいでる人。工長の狹川さんがタイプらしい。「狹川さんに冷たくされた」とか「嫌われているかもしれない」とかなんとかぼやいてた。

それ以外にもとにかく愚痴る。俺はちょうどいい聞き手だと思われたのか、愚痴を結構聞いた。ウザい社員を見つけては愚痴っていた。うん、わかるけどね。

特に彼は葛西さんと険悪な関係だったので、後期の班決めの際に、「葛西さんと同じ班になったら仕事を辞める」と狹川さんに伝えていたみたい。その後、二人は同じ班にはされなかったけど、結局辞めていった。

9人の中で、断トツで工場労働者に向いていない人。もしかしたら、男だらけの職場だから選んでるのかもしれないけど、あれだけ不注意だといつかシャレにならない怪我をする。忘れ物をするなんて朝飯前、持ち物はみんなボロボロ。37歳トリオのリーダーの板口さんからも、「なにやってんだトシー!!(板口さんからはトシと呼ばれている)」とバカでかい声で、危ないミスをした時に注意されていた。

初対面の人との距離の詰め方も雑というか性急。俺的にはまぁ許容範囲内ではあるけど(少しびっくりはしたけど)、それについて指摘している人がいた。愚痴の内容についても、思い付きでべらべら悪口をしゃべっちゃうんだろうな、という感じだった。

高校卒業後、コカ・コーラで輸送員として働いていたらしい。その後工場労働者へ。厚田さんとは前職で同じ工場だったらしく、「あのデブ」と言いつつ、信頼しているっぽかった。ちなみに厚田さんは筋肉でがっしりしてるけど、別にそんなに太ってない。

加藤(かとう)さん(37)

葛西さんを成敗した男。9人の中で一番最後に入ってきた。その時が前期の終盤あたりだったので、後期で別の班になってしまった都合上、俺との絡みはあまりない。前職は事務系の仕事をしていたらしいが、「楽そうだったから」という理由でこの仕事に来たらしい。9人の中で唯一の大卒。

葛西さんへの敵対度は、相川さんと並んで最高。むしろ、完全に無視を決め込むに至ったのでそれ以上かもしれない。葛西さん曰く、「あいつ(加藤さん)は嫌なことから目を背ける癖がある」だそうです。その「嫌なこと」というのが、葛西さん自身だというのが笑えるが。

職場環境改善に対する貢献度は高い。

一つは、自分たちのメイン労働場所にスポットクーラーが設置される契機を作ったこと。仕事中にぶっ倒れたらしい。「熱中症でぶっ倒れた」ということになっているが、徹夜したのが本当の原因らしい。とにもかくにも、それでお偉いさんたちが視察にきて、多少労働環境が改善された。お偉いさんたちにとって、使い捨ての派遣社員にぶっ倒れられるのは監査がなんたらとかでそれはそれで面倒なのだ。

そして何よりもう一つは、葛西さんが退職する直接の契機を作ったことだ。葛西さんに名前を呼ばれて呼び止められた時に、加藤さんが完全にシカトしたのだ。5回ぐらい徐々に大きくなっていく怒鳴り声で呼び止められていたのを、俺はちょっと距離を置いた位置で聞いていた。当然葛西さんがぶちぎれて、恫喝しながら腕をつかんだらしい。作戦通り?葛西さんに手を出させたわけだ。興奮した様子で、「これは立派な暴力だから警察に通報する」と言って騒ぎ立てた。結果的にはそれが功を奏して、無事葛西さんは暴力男として祭り上げられ、職場に居場所がなくなり、処断されることとなった。南無南無。

工場での勤務はもうこりごりらしく、契約満了後は別の仕事を探すと言っていた。

アレックス(34)

フィリピン人。”ホモボーイ”の異名を持つ(板口さんが名付けた)。

正確にはゲイではなくバイらしい。出会った当初から、相川さんとゲイ話で盛り上がっていたし、ハッテン場が云々という話もしていた。俺はそれを知ったうえで友達として付き合っていた。

母親が日本人と再婚したため来日。英語はもちろんだが、10年ほど日本に住んでいるので、日本語も結構話せる。工場には、”技能実習生”として体良く雇われた低賃金労働者のフィリピン人が割といるが、アレックスはそのルートとは別で、一般の日本人と同じ扱いになっている。余談だが、外見の第一印象では、日本人だと俺は思った。それを後に伝えたら、「そんなことはじめて言われた」と言っていた。

物を扱う器用さには長けていて、手作業や肉体労働はすぐにマスターして、そつなくこなしていた。
よく言えばとても自発的。ただ、工場労働者にとってそれがアダになりうることを理解していない。研修を受けた段階で察することができるが、特に下っ端の労働者に求められていることは、文字通り工場機械の部品になることだ。創造性や自発性といった一般にもてはやされる能力は、むしろ邪魔なものなのである。「馬鹿みたいに言われたことだけをやってればいい」、それがお偉いさんたちの本音だろう。

彼の自発性は個人主義的な行動につながっていたため、当然それを嫌う葛西さんは怒っていた。俺がその間に入って仲裁していたけど、正直大変だった。葛西さんには、「あいつの日本語わかんねぇから、お前からちゃんと言っておけ」と言われるし、アレックスは、「わたし知らないよ~」と聞く耳を持たなかった。

この男とは同じ班に配属されたため、後期も引き続き共に働いていくことになる。それだけに一番からみが多いし、語ろうとすれば長くなる。が、実をいうと、葛西さん亡き後の、後期の主要なストレス源はこの男だった。

この場で一方的に文句を書きたくないので言葉を抑える。向こうには向こうの言い分があるとするなら、価値観の相違によるすれ違いが俺とアレックスの不和の原因だ。彼は兵藤さん(自分らが配属されたC班のボス)から「ヤツ」呼ばわりされ、結局最後まで名前を憶えてすらもらえていなかった。

それでも、俺が慣れない時期になんだかんだ助けてくれたことは感謝している。最後お別れするとき、お互いに「がんばってね」と言うことができたし、それで円満解決ということにしよう。

表嶋(おもてじま)くん(28)

最初のころ、俺のことを露骨に避けているのはわかったが、嫌悪からというよりは距離を感じている様子だった。相川さんの言葉を借りれば「いまどきの子」らしい。

仕事自体は無難にこなしていた。終業と同時に一目散に帰るそのスピードは9人中随一。

一度、俺が葛西さんにこき使われていることを心配してくれたことがあった。俺は「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ(この程度は想定のうちだから)」と答えておいた。入った当初、「葛西さんとは二度と口もききたくない」と彼は裏で言っていたらしいが、次第にそういった態度から軟化していったように思える。あの手の人間とはどう接すればいいのか、俺様がその見本を見せてあげたおかげもあるだろう。

班に分かれてからは、ロッカーですれ違いざまに挨拶してくれた。

松田さん(??)

初日に指示を守らずに怪我をして、その日にバックレた伝説の男。この男を含めれば正確には10人になる。この男の代わりに来たのが加藤さん。

前期エピソード集

葛西さんがらみのことが多い

葛西さんのポテンシャル

彼は、自分は完璧であり「ミスなどしない」と豪語していた。それはただの過信だ。しかし、最上級に皮肉なのは、実際に彼は十分なポテンシャルを持っていたということだ。

まず形はどうであれ、リーダーシップを持っていることは希少な才能だ。人に嫌われることを厭わず指示できることは長所だ、度が過ぎなければ。俺はよく、人のささいなミスに気づいているにもかかわらず傍観していたから、葛西さんにそれを横から見られて、「お前、気づいてんだったら言えや」と何度も注意された。

仕事に対しての意識も高い、というか仕事内容に比して不必要に高い。その無駄な高さが周りへの見下しになってしまっている。そして見下しによって無能な同僚から嫌われることが、今度は自分の意識の高さの証明として機能する。この悪循環から抜け出せない。

几帳面さも適切に生かせれば…、他人の失敗や欠点を見過ごせない、という短所として出てるのがもったいない。

ある時俺は、葛西さんの反応に興味があって、「トイレに行ってきます」とは言わずに、あえて直球で「15分くらいサボってきますね」と言ったことがあった。そうしたら、「うん、行ってこい」とやたら優し気な、包容力のある言い方で返答されて驚いた。そういう面をもっと出せれば、自称ではなく本当にいい上司になれるのにな、と余計に残念に思う。

葛西さんのお気に入り

葛西さんが一緒に作業をすることになったメンツについて文句を言ったことがあった。

「じゃあどんなメンバーならいいんですか」

視点を変えさせる目的もあるが、葛西さんがどう思っているのか興味があったので聞いてみた。

3番目のお気に入りは板口さん。これはちょっと意外だった。反抗心はあるにせよ、対話できることが高評価につながったのか。

2番目のお気に入りは表嶋君。ようは都合のいいイエスマンが欲しいってことなんだろうな。

1番のお気に入りは…わざわざ言うまでもないだろう。

葛西さんが変わろうとしていたこと

実は事件の直前に彼は歩み寄りを見せていた。

「おい、たつ、あれだな。もうだるいから、できねえお前らに俺が合わせてやるよ。仕方ねぇから」

と、傲慢な言い方ではあるが。

その前の日にこういうことがあった。入ったばかりの加藤さんに対して、声を荒げてミスを指摘する葛西さん。俺が見かねて、「慣れないうちはミスするものだからもう少し許してあげてくださいよ」という趣旨のことを、1対1の時に冗談交じりに言った。もちろん葛西さんがその強権支配を緩めてくれれば、自分にとっても都合がいいからだ。その場では、「何バカなこと言ってんだ」と一蹴された。このやり取りに意味があったのかもしれないし、なかったのかもしれない。

俺はずっと葛西さんに変わってほしいと思っていたから、なんにせよ変化の兆しが見れたことがうれしかったし、期待していた。その矢先に暴力事件は起きた。それだけに、事件後も彼のことをあまり悪く言えなかった。

他の人から見たら、俺は調停者気取りの日和見野郎に見えただろう。

葛西さんへの敵対度

葛西さんが自らへの敵対度を心理的な”バリア”と称して、語りだしたことがあった。

「相川、加藤あたりは5段階中5のバリアだな」

うん。

「御代が4で、板口は2ぐらいだろう」

まぁ、あってると思う。

「たつ、お前もゼロではねーよな。0.5ぐらいはあるだろ」

うーん、どんなに少なく見積もってもその3倍はあるかな。

「お前はそんなに弱くねえだろ」

葛西さんに言われた言葉。

いつも通り同僚の無能ぶりにイラついたのか、「あいつ殺すか」とかなんとか物騒なことを葛西さんが俺に言ってきたから、「過去に誰か殺したことあるんですか」とすっとんきょうに聞いてみた。

「いじめて退職させたことならある」と自慢げに答えてきた。

本当か? 自分を強大に見せようと誇張している嘘つきの顔。そんなことが自慢になると思って自慢している時点でハッタリっぽい。

俺は探りを入れようと、「俺もいつかはそうされちゃうんですか?」と聞いた。
そしたらこの言葉が返ってきた。

「お前はそんなに弱くねえだろ」

何気に一番心に残っている言葉。葛西さん亡き後、つらかった時、彼のツラを思い浮かべながら、心の中でこの言葉を反芻していた。別に感傷に浸っていただけじゃない。あのツラで、あの文脈で、j-popの歌詞のような、軽薄に美化された言葉が紡がれたことが、思い出すと笑えるのだ。

派遣社員の呑気さ、意識の低さと友達っぽさ

9人は職場の同僚というよりは友達に近い。それはたぶん仕事に対する意識の低さに起因するものだろう。

社員の人たち同士は、「職場の同僚」という関係性でやっているので、余計にそれが浮き彫りになる。傍から社員の人たちが自分たちを見たら、派遣集団のその能天気さが余計に邪魔くさく見えただろう。

でも、だからこそ自分は馴染めた気がする。最初から、後期のように班別で勤務していたら、最後までやり遂げられなかったかもしれない。班に分かれてしまってからも、交代勤務で入れ替わりにロッカーで彼らと遭遇して、一言二言声を掛け合う。境遇を同じくする戦友たちが、心の支えになった。

後期

一通り全員が仕事に慣れたと判断されると、前期が終了し、6人(3人すでに辞めていたが)が3班に分かれ後期が始まった。

  • A班: 厚田,表嶋
  • B班: 御代,加藤
  • C班: アレックス,田中(俺)

ここからは主にC班内部での話となる。

C班のメンバー紹介

上から順に、3名正社員、3名期間工(+2名派遣)

兵藤(ひょうどう)さん(52) 正社員

班にはそれぞれ”指導員”と呼ばれる現場責任者が存在する。工長の狹川さんは常に現場にいるわけではないからだ。C班の指導員、それがこの男だ。

兵藤さんは背は小さいが腹がズデンとでていて、いい感じに貫禄がある。この男がいるだけで、場にもたらす安心感と緊張感は計り知れない。

ベテランだけに、工場内のいろんなところに顔が利く。ただ、若いころから歯に衣着せぬ物言いで、上の人たちに散々悪態をついた結果疎まれて、現場にとどまり続けているみたい。有能ではあるが、出世街道からは外れた生粋の現場の男である。アメリカでの勤務経験もあるらしい。

当初は派遣社員をゴミ扱いしていた。

特に出会いは最悪だった。掃除をしていた俺と板口さんは汗だくになったため、デドカファンの前に立って涼んでいた。これは工長の狹川さん直伝の涼み方で(曰く「ファンの前でガーッっとやる」)、当然許可もされていた。そこへ兵藤さんがやってきて、「暑いのはおめぇらだけじゃねぇんだ!」とまくし立て、自分たちをファンの前から突き飛ばした。その話は派遣9人の中に瞬く間に広がり、彼は要注意人物として周知された。「工長さんに許可を受けている」とも言えず、おかげで派遣9人はクソ暑い中、涼むこともできずに働き続けるはめになった。少なくとも俺はそうした。

他にも、「わからないことがあったら、指導員に確認をとるように」と工長の狹川さんに言われていたので、兵藤さんに質問をしたことがあった。すると、「そんなくだらないことで話しかけるんじゃない」とでも言いたげに、ごみを見るような目で俺を一瞥した後、ぶっきらぼうに一言だけ返答があった。そばで見ていたアレックスも、「ひどい人だね。いじわるな目だったよ」と言っていたし、俺の単なる思い込みでもないと思う。

他にもまだある。通路を走行しているAGVは、人が前方にいると安全のため一時停止する。通路は人とAGV共用のため、社員さんたちはAGVの前を横切って停止させることを日常的にしている。しかし、派遣社員がAGVを止めようものなら、「お前ら邪魔なんだ!」と怒鳴られる。だから俺たちは、「AGV様のお通りだぞ!」という感じで、常に気を張りながら作業をしなければならなかった。

自分は、「これが噂の、使い捨て派遣社員として、下っ端として働くということなんだろう」と半ば受け入れていた。働いている限り、形は違えどよくありそうな話だし、仕方ないと思っていた。

そんなこんなしていたある日、俺は突然彼に名前を聞かれた。「おい、名前なんていうんだ。わからねぇんだよ」と。振り返ってみるとそこにいたのは、はにかんだ笑顔を携えた、見たこともない兵藤さんだった。驚きのあまり、俺はその意図をすぐには理解できなかった。時期的には班に分かれる直前だった。

後に知った話だが、兵藤さんは”スナイパー”の異名を持ち、物陰に隠れつつ下っ端を頻繁に監視しているらしい。俺は一応真面目に作業をしていたから、いつどこで見られていたのかわからないが、”ヘッドハンティング”されたのかもしれない。

子分として一度認めたら、結構優しいというかデレるというか。任侠の親分タイプというかボス猿というか。最終的には、「厳しいパパ」といった印象を持つに至った。暴力事件の葛西さんと本質的には同系だが、葛西さんが悪玉だとすれば、この男は善玉だろう。二人の人生の間に横たわる格差は、実は些細なことが生み出しているのかもしれない。

22で結婚し、自慢の息子は俺とちょうど同い年らしい。最近おじいちゃんになったらしく、孫の話をするときはデレデレが隠しきれていない。

長川(ながかわ)さん(31) 正社員

兵藤さんをC班の親父さんだとすれば、長川さんはお兄さんだ。

兵藤さんを筆頭に小さい奴らばっかのC班で、彼は例外的に背が高い。顔はまぁ地味だが、スラっとしていてテキパキ働いている姿はかっこいい。技能面において、兵藤さんと彼は班内で抜きんでていて、とても頼りにされている様子がうかがえた。

狹川さんのいないところで、彼をネタにして笑いを取ったりもしていた。「狹川さんのあのツンデレがたまにウザい」らしい。

とても細やか。同区画で、技能面においては彼より上の人も存在するが、その細かさにおいて彼の右に出るものはいない。工場内に存在する危険性のある所や非効率的な所を見逃さない。CH-Blockの”KAIZENマスター”である。

区画の生産性のデータや個人の技能習熟度、区画の歴史などが張り出されている大きなボードが区画内に存在する。KAIZENを推進するため、KAIZENグランプリなるものが工場全体で開催されており、その様子についてもそこに成績が張り出されているが、彼がこの区画の代表として表彰されていた。元整備士で、G自動車には期間工としてやってきた。そこで働きぶりが認められて、正社員として登用されたみたいだ。そういう経歴もあってか、いろんな区画に配属されていた経験があるらしい。

始業時に、現在の設備の稼働状態や行事のお報せなどを周知するために、班全員が集まって朝礼が行われる。その時に、AB班と違ってC班だけは指導員の兵藤さんではなく、長川さんが音頭を取る。推察するに、兵藤さんと同じ班に配属されているのは、彼を育成する目的もあるのだろう。KAIZENマスターも、リーダーとしては養成されている途中で、まだぎこちない。でもむしろそのぎこちなさから、頑張ってる感がすごく伝わってくる。

新婚らしい。

下柳(しもやなぎ)(18)正社員

背丈は低く、髪はクルクル、懐疑に満ちた眼差し、肌は青白い。この男を見ると何故か悪魔を連想する。悪魔と言っても下っ端の使い魔という感じだが。

工業高校を卒業してすぐ入社。高卒でいきなりG自動車の正社員として採用されるのだから、よくわからんが多分優秀なのだろう。本人を見ていても隠し切れない自信に満ち溢れている。歩き方すら、その自信をわかりやすく表出している。兵藤さん曰く、「やけに威厳のある歩き方」である。

彼と少し話す機会があった時に、「期待の新人ポジションなんですね」とおだててみたことがあったが、満更でもない様子で照れ笑いを押し殺していた。フッ、わかりやすい奴だな。

この春に福岡から上京してきたばかりらしい。話す標準語にも訛りが見られる。東京見学に行って、いろんなところを回ろうとしたけど、テレビ局ぐらいしか見るところがなかっただの、有名人には会えなかっただの言っていた。フッ、俗物だな。

こいつだけは「下柳さん」と書きたくない。それぐらい生意気だ。「わかる?」みたいなことを平気で言ってくる。完全にバカにしてやがる。辞めていった派遣社員のことをあげて、「なんですぐ辞めるのか理解できない。一度入ったら最後まで続けろよ」と見下していた。まぁそれは一理あるけども。

彼個人の作業にのみ関係するあることを、「定期的に確認して報告してくれ」と、俺たち派遣二人は彼に頼まれた。もちろん工長の狹川さんから直接任された業務以外のことだ。ようはパシリだ。自分の作業の利便性のために、そのためだけに派遣を使いっパシリにするわけだ。それはまだ構わない。しかしその上、てめぇで報告しろとか言ったくせに、礼なんかもちろん言うわけもないが、それに飽き足らず、「あぁそう」みたいな態度で大抵無言だ。こぉんのくそやろうっ!あぁ俺の方が格下だよ、だから工場ではおとなしく従ってやる。だがサバンナで会ったら覚えとけよお前。

と、まぁ彼はふてぶてしいんだが、かわいいところもある。日常生活でこんなことがあった、ということを色々聞いて欲しいらしく、社員さん達に色々と話していた。それにこのふてぶてしさは、将来本格的に人の上に立つときに必要な能力でもあるんだろう。成長した彼を想像することは楽しいことでもある。腹立つけど。

新谷(しんたに)さん(25) 期間工

いつも微笑んでいて、とても柔らかい印象を受ける。

背がとても小さい。既婚で子供ももういるらしいが、一見そういう感じには見えない。ロボットをパネル操作するときに、ちょっと背伸びして見上げる感じになって、その姿を横から見ているととてもかわいい。腕を組みながら首を傾げたりしていると、大人っぽく振舞いたい子供みたいでそれもかわいい。

とても聞き上手だと思う。彼は自分から積極的に接していくタイプでもないが、「受け入れてくれそうで安定感のある新谷さんと話をしたい」と人々は望むのだろう。下柳は、たいてい新谷さんに日常話を持ちかけていた。見慣れぬ土地で新社会人として生活する下柳の不安を汲み取ってなのだろうか、さりげないアドバイスをしているようだった。

スマホをポチポチしながら、兵藤さんの話を軽くあしらっていた時は驚いた。意外と抜け目ないのかもしれない。その証拠になるのかは知らないが、彼には特等席がある。休憩時間などに詰所で皆が席に座るとき、議長席というか上座っぽい席に彼は座り、他の誰も彼を差し置いてその席に座ろうとはしないのだ。

要領良く仕事をこなし、その性格面からも色々な人から「教えてほしい」と頼まれるらしく、彼が人に仕事を教えている姿をよく目撃した。アレックスも大抵の仕事は新谷さん経由で教えてもらったみたいだ。期間工にもかかわらず、書類作成的な事務作業も一部任されていた。

通勤に2時間ぐらいかかるらしい上、朝(夜勤の時は夕方だが)早く起きて自分で弁当を作ってくるらしい。睡眠時間もかなり短いはず。それでも微笑みを絶やさない。俺なんかが弱音を吐けないなと思った。

とにかくそのソフトなスマイルの下に、底知れない強さを感じさせる男だった。

仲宗根(なかむね)さん(27) 期間工

名前と言い顔と言い、「どう見ても沖縄の人だろうな」という第一印象。海でサーフィンとかしてたら、すごく様になるような容姿。真夏の太陽の下がホームグラウンドといった感じ。でも実家は北海道らしいから、家系のルーツが沖縄ってことなんだろう。

下に紹介する土井さんと同い年コンビを組む。二人とも明るいので、彼らがいるだけで場が活気づく。

俺がC班に配属されて早々に、向こうから話しかけてきたのがこの男だ。手持ち無沙汰にしていた俺に対して、やたら腰を低くして、「手伝っていただけませんか」と。邪推すれば、何の役にも立たない派遣社員に対する皮肉ともとれるが、多分俺に気を使ってくれたんだと思う。掃除している俺の前を横切るときにも、いちいち頭を下げる。「おらどけや」という感じで通過していく人もいる中で。彼はどんな人と接するときもそんな調子なのだ。

俺が初めてこの区画に連れてこられて、詰所で工長さんを待っていた時のこと。兵藤さんが別の区画の人と話していたのを覚えている。その時、中宗根さんのことを指して、「あれがうちの成長株なんだよ」みたいなことを言っていた。もちろん彼らの名前はすべて後からわかったことだが。

ストレスから円形脱毛症に? 律儀過ぎるところがありそうだしちょっと心配だ。ちなみに俺が退職する間近、禿げた部位を隠すためアフロヘアーとなった。

「欠損」という漢字が読めなくて、助けを求めていたのはご愛敬。

土井(どい)さん(27) 期間工

アフロで口ひげ。とても明るくて快活。明瞭でハキハキした受け答え。楽し気で豪快に笑う。

C班の中で、見た目てきに一番はっちゃけている男。作業着の着こなしも腰パンでベルトの位置が低いし、裾をまくりすぎて足首が見えているし、シャツもだらしなく飛び出てることが多いし、規定上ギリギリアウトな気が。狹川さんはそうでもないが、兵藤さんは意外とそういうところにはうるさくない。

前職は金(ゴールド)の売買に携わる仕事をしていたらしい。装飾品としての金なのかは定かではないが、もし土井さんが金のアクセサリーをジャラジャラ身に着けていても、その姿に全く違和感を感じないだろう。とても様になると思う。

C班の期間工の中では一番の新入り。そのため”先輩”の中宗根さん(彼と同い年)には敬語を使うが、中宗根さんの方も敬語を使う。なので、見た目的にはやんちゃな感じで、古くからの親友みたいなその二人が会話する様子は、見ていてちょっと面白い。

外見上も所作上も貫禄がある。俺が土井さんの後ろで待機していた時に、別区画からやってきた見ず知らずの人に、「あちらの方が指導員(現場責任者)の方ですか」と土井さんを指して聞かれたことがあった。

俺が辞める間近、その情報を聞きつけたみたいで、「給料もいいし福利厚生もしっかりしてるのでおススメっすよ」と、期間工になることを勧められた。期間工として就職した場合、工場内のどこに配属されるかは事実上ランダムだと言っていた(知っていたが)。この区画に配属されたことをどう思っているのか彼に聞いてみたところ、「良かったと思ってるっス」と何のためらいもなく即答された。

後期エピソード集

C班の特徴

配属先の班の決定は狹川工長の独断で行われた。兵藤さんの班に配属された当初、俺は最悪な班に入れられたなと思っていた。しかし、振り返ってみるとそれは誤りだった。むしろ最高の班だったと思える(三つの中ではね)。

班員は朝礼前や休憩時間、詰所に皆自然と集まり会話があった。ボスの兵藤さんは、何気ない日常会話から働くにあたっての責任感など、雑談から仕事の話まで幅広い話題を撒いていた。

実のところ、俺は必ずしもその輪に入れたわけではないけど、聞いているだけでにぎやかさと緊張感が程よいバランスでブレンドされた、良い雰囲気が伝わってきた。それだけに、派遣社員ゆえに仕事の話に混ざれないことは歯がゆかった。

新谷さんと土井さんは、別の班で勤務していたこともあるらしく、その時の詰所の雰囲気は「お通夜みたいで、食べ物ものどを通らなかった」と言っていた。

それに他の班には、縄張り争いに勤しむサルも生息している。下柳なんてかわいい部類だ。

配属される区画での差

少し先に触れたが、俺はラストの1週間、CH-Assemblyという組み立て区画に出張していた。

そこの工長さんは見るからに普通の人。ようはうちの狹川さんみたいな”怖い人”ではない。

そっちの区画でのこと。職務の最中に暇な時間を見つけては、隠れてスマホをポチポチしているやつがいた。俺は後ろからそいつを眺めていて、どう見ても不自然だからすぐに察した。きょろきょろして一応ばれないように警戒しているようだったが無意味。どう見てもバレていると思う。それでも暗黙の了解なのかしらないが、見過ごされていた。

もちろんうちの区画でそんなことをやろうとするやつはいない。というか、作業時間中にスマホをポケットから取り出す社員すら目撃しない。そいつもうちの区画に来ればいいのに。それでもなお、スマホポチポチする度胸があるんなら、褒められたものだけどな。

他の区画での経験がある長川さんも、CH-Blockについて「怖い人多すぎ」と嘆いていた。社員の人は、標準作業を逸脱するとペナルティーが与えられるが、現にちょっとしたやらかしをした奴が出たとき、「他はもっとぬるい、このレベルなら口頭注意だけで許される」と班員と話していた。

そう考えるとむしろ、自分たちが配属された区画の方が例外的な存在だったのかもしれない。

狹川さんと部下の気質

これまで話してきたように、狹川工長とC班の指導員の兵藤さんは怖い人だが、A班B班の指導員も例に漏れず、その手の人たちである。

なんでそういう怖い系統の人たちが揃いも揃っているのかだけど、狹川さんは自分の統治スタイルに絶対の自信を持っていて、彼と同じようなタイプの人を重用しているからだろう。

気を抜くと声が小さくなる。工場のうるささ

工場内はとてもうるさいので、話すときはいつでも大声で話さなければならない。過去のひきこもり生活もあって声が小さくなりがちな自分にとって、結果的にはそれがある意味むしろ良い矯正環境として働いたように思う。

ただ、詰所の中は音が多少遮断されているためそれなりに静かだ。それでも振動は伝わってきて常にちょっとした地震状態だけど。俺はそこで話すとき、ちょっと気を抜いてしまって、(普段のように)声が小さくなってしまったことがあった。土井さんが俺の言葉を聞き取れなかったらしく、「はい?」と2回も聞き返されて、その威圧感に情けなくも俺は気圧されてしまった。

ふてぶてしさがお前の取り柄だろうが

ある日、下柳は入社して以来一番大きなミスをしてしまったらしく、ちょっと落ち込んだ様子で新谷さんに、「俺ミスすると引きずるタイプなんすよ」とか言っていた。

俺はその話を横でただ聞いていたが、「ふてぶてしさがあなたの取り柄ですよ。そんなことで落ち込むなんてあなたらしくもない。堂々としてなさい」と言ってやろうかと思って、やっぱりやめといた。

期間工になれ

兵藤さんと1対1で話す機会があった。

「派遣なんてもったいない。ろくなことをさせてもらえないから、期間工になれ。その先には正社員になる道もある」と言われて、もっとまともな仕事を俺に教えたいが、今の派遣の契約上では無理なんだ、という説明をされた。怖いもの見たさだが、兵藤さんの正式な部下として働くのも面白そうだなとは思った。

「もともと期間工になる予定だったが、自分の経歴上、仲介業者に期間工としては紹介すらしてもらえなかった」という話をしたら、
「過去はどうであれ、今ちゃんとできてるじゃねぇか。もっと自信を持て。期待しているぞ」と返ってきた。

だが、「ありがとうございます、励みになります」と俺が言ったその直後、「”今のところはな”」としっかり付け加えられた。

決して手放しでほめたりはしない。完全に頭を上から押さえつけられているなと思った。

喫煙所から帰ってくる3人

工場内は禁煙となっており、喫煙するためにはちょっと外へ行かなければならない。

この班の中でタバコを吸うのは、兵藤さん、土井さん、中宗根さんの3人。休憩時間に入ると、詰所に顔を出した後「行きますか!」と申し合わせて、彼らはタバコを吸いに行く。

当然休憩時間が終わると帰ってくるのだが、いつもきまって兵藤さん、土井さん、中宗根さんの順で縦一列になって歩いてくる。その光景がまるで、怖い人幹部とチンピラ2名のお出ましだ!といった感じで何度も吹き出してしまった。

兵藤さんとの最後

最終日。

俺は19:30に帰社予定だったが、兵藤さんから特別に、「19:00にあがって、着替えたら詰所に戻ってこい」と言われた。つまり、早く仕事を切り上げて、30分は自由に使っていいという意味だった。

そういう兵藤さんの心遣いには気づいていたけど、なんだかその事実を信じきれなった。漠然と、「本当にいいのかな」とモヤモヤした疑念を抱いていた。そんな「心ここにあらず」の状態の中、仕事を終えられたことに対する安堵や緊張からの解放に加えて、関わった色々な人に対してそれぞれに感情が湧いてきて、それらがすべて交錯しあい、頭が混乱してしまっていた。

そのせいで、俺はロッカーに忘れ物がないかなどの最終チェックに時間をかけすぎ、戦友との別れの挨拶を済ませて詰所に戻った時には、帰社予定時刻の19:30をすでに回っていた。当然詰所には、次の班の人たちが20:00からの勤務に備えて集まり始めていたし、たかが一派遣社員が別れの挨拶などを悠長にやっていられるような雰囲気ではなかった。

詰所には兵藤さんがいた。「ありがとうございました」と、かろうじて言えたぐらい。言おうとしていたことの一割も伝えられなかった。

もうそそくさと詰所から立ち去ろうと、出口へ向かおうとした時、
「次の仕事は決まってるのか」
と彼に聞かれた。俺は
「8月いっぱいで辞められることが心の支えになっていたから、これからのことはまだ何も考えていない」
と伝えた。すると、「そうか」と一言だけ。

何も考えていない、というのはウソだ。本当はそうじゃない。いろいろなことを考えていたし、それを伝えてみたいとも思っていた。兵藤さんならどんな反応をするんだろうか、と。だが、伝えられなかった。いつもの俺だった。

そうして俺は工場を後にした。

外へ出ると、真夏の暑さも少し忘れ去られたかのように、涼しい海風が吹いていた。8月も終わり。

日は沈んでいた。だが、工場は眠らない。

夜勤の人たちとすれ違う。これからが、彼らの一日の始まりだ。

想像とは裏腹に、達成感は全く感じられないまま、やたら空虚な感情を抱きつつ家路についた。だがひるがえってそれが、その不完全燃焼感が、この文章を書く原動力になったのかもしれない。

C班に配属されてからの兵藤さんとのやり取りは、もちろんここにそのすべてを書いたわけではない。
「ひきこもりだった」と彼に伝えたとき、
「人と接するのが苦手なのか。気にしすぎるんじゃないぞ、俺の言葉も含めてな」と言われた。
それ以来、直接話しかけられることはめっきり減った。会話上やむを得ずだったけど、余計なことを伝えなければよかったかな、と思ったこともあった。でも、なんだか遠くから見守られているようでもあった。

「がんばれよ」と。おじいちゃんとなった無言の彼の表情が、そう語っていた。

(おしまい)

コメント

タイトルとURLをコピーしました