【ひきこもりの日常】森の中の自転車

ひきこもりの日常

森の中の自転車

先日、いつも行く山道を自転車をかついで歩いてきました。

サイクリング

私は普段、外の空気に触れることや体を動かすこと目的として、よく自転車で乗ります。行く場所は喧騒から逃れられる自然があるところです。街中には行きたくありません。

ハイキングコースの入口まで自転車で坂道をひたすら上がっていって、そこから歩きで山の中を散策しています。

空気入れ

自分が乗っている自転車はちょっと特殊な空気入れが必要なので、空気を入れてもらうためになじみの自転車屋まで乗って行って、そこで入れてもらいます。

ちなみですが、私が近くの自転車屋ではなく遠くまでわざわざ行っているのは、それもまたひきこもり的な理由で、未知の所へできる限り行きたくないからです。

ルート選択。市街地か山道か

というわけで、先日空気入れをお願いしに行ったんですが、店まではちょっと距離があります。普通のルートで行くと、道中はそれなりに人ごみがあり、つまり私が苦手な場所を通らなければならないのです。

じゃあ、普通のルートで行かなければいい、ということになるわけですが、それが今回使用したハイキングコースで山を越えていくルートなのです。

自転車でハイキングコースへ

自転車同伴でハイキングコースを歩くのは結構大変でした。もちろん地面は凸凹ですし、道は狭いです。ぬかるんでいる場所や段差もあります。自転車は傷つけたくないので、できるだけ担ぐようにしました。

特に半年ぐらい前の台風の影響で木がたくさん倒れて、今もなお道を狭めている個所、軽い土砂崩れが起こった箇所もあります。私がよく訪れるハイキングコースは、公式にはいまだに通行止めになっているくらいです。皆さん、無視して中に入っちゃってますけどね。

ハイキングコースに自転車で乗り入れるって、私が小さい頃はたまにそういう人を見かけた記憶があります。マウンテンバイクというのがあるくらいですし。でもここ2,3年の記憶では一回も見たことがないと思います。

たしか、市が自転車の乗り入れを禁止する看板を張り出していた気がします。「でも、乗り入れじゃなくて担ぎ入れだし、別に大丈夫だろう」と言い訳しつつ、息を切らして歩きました。

奇妙なことをするということ

それでまぁ、今回のことをひきこもり的にまとめてみます

私は、たまに意図して奇妙なことをします。他人から奇異の眼で見られることを自覚しつつおかしなことをするわけです。

例えば、裸足で一般道を歩いたことがあります。靴下まで脱いで、靴を片手に。あれは確か梅雨明けの初夏だったと思います。久しぶりに外出して、帰りの電車を降りて自宅まで歩くときでした。女子高生が私を見て笑っていました。「あの人なに」と。

誰かの言葉を借りれば”それが自由というもの”なのでしょう。靴を履いて歩くという期待を裏切ること。世の中に対するささやかな反抗です。

奇異の眼で見られたい?

私は「他人の目を気にする」ニンゲンですが、だからこそ奇異の眼で見られたいと思うことがあります。というのも、自分が「正常でありたい」と思っているときに奇異の眼で見られることは苦痛ですが、他方で、自分が意図して異常となっているときに奇異の眼で見られることはそうでもないからです。

つまり、おかしな人に意図してなるということは、かえってあなたを救うことになるかもしれません。ひきこもるといっても人それぞれに事情が違いますが、もしあなたが”おかしな人”だと言われて嗤われ続けたことを恐れとして持っているなら、開き直って”おかしな人”になりましょう。

ところで、「人は誰もあなたのことを見ていない」という言説には、ありとあらゆる思考と配慮が抜け落ちていることは明白です。人が人を「見ていない」時に、どれだけ残酷になれるのかを、私は知っています。

”世界を総体として増大させる”

自分自身が楽になれる、ということに加えて、誰かの役にも立てるかもしれません。あなたの奇行は世界に少しだけ彩りを与えているのです。

私が言っているのは、世の中のことではありませんよ。世の中は世界のほんの一部分でしかありません。世界はすべてを受け入れます。

あなたは、世界という事象空間に一つの新しい可能性を書き加えることができるのです。それが世界の中にいるものには感じ取れないものだとしても、世界は確実に広くなっているのです。私が山道を自転車を担いで歩くことによって、世の中と世界の境界が誰かを圧殺すること、を防げるかもしれないのです。

つまり、あなたの開き直りはあなただけでなく、他の誰かをも救うかもしれません。

おわりに

山道で自転車を担ぎながら、そんなことを考えていました。

そして、帰り道も山道か市街地かの二択だったわけですが、もちろん山道を選びました。その方が自分らしいからです。

もしあなたが「おかしなひと」だとしても、気にしなくていいと私は思います。あなたのささやかな奇行は世界を少しだけ広くしているのです。

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